知的財産ミニ講座

1.異議申し立て制度の復活について

 他者の特許権を消滅させる一つの方法として、特許異議申立制度があります。この特許異議申立制度は平成15年に一度廃止され、平成27年4月1日よりその内容を少し変えて復活しました。旧制度では、申立人に申立て後に意見を述べる機会が与えられておらず、異議が認められなかった申立人が別途特許無効審判を請求し紛争が長引く事態となっていたため、特許無効審判に一元化するために旧制度は廃止されたのです。
 しかし、特許無効審判は口頭審理を原則とするため、当事者の負担が非常に大きくなります。また、特許無効審判は登録後いつでも請求できることから、特許権者にとってはいつ無効にされるか分からず権利の不安定化を招く恐れもありました。
 そこで、特許権を見直す新たな簡便な機会を設け、早期に権利の安定化を図るための制度として新特許異議申立制度が創設されました。この新制度、特許公報の発行日から6ヶ月以内に何人も申立て可能という基本的な枠組みは旧制度と同じとなっており、下記が旧制度からの主な変更点になります。

1)書面審理
  すべての審理が書面審理となり、当事者の負担軽減が徹底されました。旧制度においても原則書面審理とされていましたが、口頭審理が行われることもありました。
2)意見書提出機会の付与
  特許権者から特許請求の範囲の訂正の請求があったときは、申立人は意見書の提出により意見を述べる機会が与えられます。先に記載の通り、旧制度ではこのような機会はなく、特許庁と特許権者のやりとりのみで審理が完結してしまっていました。
3)申立書の要旨変更可能期間の短縮
  申立期間の経過前に特許権者に取消理由が通知された場合、それ以降は申立の要旨を変更することができなくなりました。

 旧制度では、異議申立期間内であれば、申立理由や証拠などについて申立の要旨の変更が可能でした。 特許庁のデータによると平成28年3月8日時点での特許異議の申立ての件数は608件であり、旧制度の頃には年間3,000件以上の申立てがあったことと比較すると少ないように思います。特許異議の申立ては何人も請求可能とはいえ情報提供のように匿名で行うことはできないため、特許異議の申立てを行うということは、その分野に関して研究開発している或いはその可能性があると競合他社に知られてしまう恐れがある点が伸び悩む理由としてあるかもしれません。また、異議が認められなかった場合に更に特許無効審判を請求することを想定するとその分費用がかさむため、気になる特許が登録された場合でも証拠資料だけ確保しておいてアクションは起こさないでいるということも考えられます。
 しかし、特許異議の申立ては書面審理のため、申立てにおける手間やコストは無効審判よりも非常に少ない一方で、特許無効審判と同様の書面による請求書にて公知技術との対比に基づく詳細な主張を行い、審判官の合議体による審理を受けることができます。また、新制度の創設に伴い特許無効審判を請求できるのは利害関係人に限定されたため、無効審判の請求のハードルが新制度復活前に比べ大きくなると考えられます。
 さらに、特許権利化を阻止する方法として出願段階に行う情報提供がありますが、早期審査制度を利用した特許出願の場合、出願公開がなされる出願から1年6か月以内に登録される場合もあり、この場合、その特許出願は特許公報により初めて公開されることとなるため、実質的に出願段階において情報提供を行うことはできません。早期審査の件数が年々伸びている現在、特許異議の申立ては気になる他者の特許を消滅させる方法として有効な手段と考えられますので、利用を検討してみてはいかがでしょうか。

2016年05月28日

2.技術情報調査はなぜ必要か

特許情報の利用は、①権利情報としての利用と、②技術情報としての利用の2つの側面があります。

権利情報は、多くの企業において、製品を市場に出す際に、他社特許を侵害していないか確認するための調査として、比較的よく実施しています。

技術情報の調査は、自社で行おうとしている研究開発が、すでに他社が行なったものではないかを確認し、重複開発・重複投資・重複出願を避けるために行うものです。

無駄な投資をしないためにも、研究開発前の技術調査はとても重要です。

ところが、この調査は調べる特許等の量もそこそこあるため、なかなかハードな作業になります。

そのため、どこの企業もなかなか手が回らない、というのが現状なのではないでしょうか。

予算があれば、調査会社に外注するのも手段の一つですが、予算がない場合は社内でやることとなります。そんなときに、知財部門の方々は自分達だけでやるのではなく、研究者も巻き込んでやれるよう、巻き込む力を磨いておく必要があります。

言い換えると、誰かにやってもらうための人間力を鍛えることが知財部門の人に求められるスキルともいえます。

知財部門に限らず、人間力・コミュニケーション能力は、どんな時もあって損はないものです。

当社がセミナーや授業などでよくご紹介する、クリステンセンの『イノベーションのDNA』では、イノベーターになるために身に付けておくスキルとして、
1.関連づける能力
2.質問力
3.観察力
4.ネットワーク力
5.実験力
の5つが挙げられています。

また、ストーリーテリングの手法を使って説得力ある説明で周りを巻き込んでいくことも必要です。

当社にも開発前の特許調査マップ作成の依頼があります。
開発前の調査を行うと、開発の方向性決定や進捗把握、出願のアドバイス、事業を意識した特許活用まで携わることができるため、単なる机上の特許ではなく、事業に活用できる特許出願アドバイスができ、生きた特許を取得することにつながります。

なぜ日本は技術力はあるのに競争力がないのか、と言われて久しいですが、特許情報をうまく活用すれば、競争力につながる特許を出願することができます。

技術情報としての特許の側面が、もっと浸透することが必要ではないでしょうか?

2017年09月10日

3.高等教育における知的財産教育の重要性はますます高まっている

かつて、生産すれば売れる時代があり、特許も出願すれは技術が守れ、特許で独占すれば儲かる時代がありました。しかし、同時に、独占しすぎたために、孤立して撤退に追い込まれるケースもありました。

今は、発明したら特許を出願する、という視点だけでは足りない時代です。バリューチェーンを意識して、特許をあえて取らない部分(オープンにしたりブラックボックス化したり)と、特許で独占する部分とを、両面から検討しなければビジネスで勝つことは難しいのです。

そんな時代にエンジニアになる学生には、特許を出願することだけではなく、ビジネスと知的財産の関係を強く意識してもらいたいと考えています。

エンジニアが企業で研究開発をするなら特許調査は必須です。

未来のエンジニアが就職後に特許の実務で困らないよう、高等教育における知的財産教育の重要性は、ますます高まっています。

日本特許庁のデータベースJ-PlatPatの使い方については、工業所有権情報・研修館より冊子が出ています。また、インターネットでもガイドブックは入手することごできます。

2017年09月10日

4. 「知的財産戦略」は必要か

実のところ、「知的財産戦略」という言葉はあまり使いたくない単語です。それは、「知的財産戦略」という言葉が一人歩き、あるいは、経営戦略や事業戦略と切り離され、特別なものと扱われがちだからです。

顧客に価値を提供できる優れた技術に基づく製品は、知的財産権で保護し、事業を優位に進めるということがあります。あくまで、事業を優位に進めるための知的財産権ですから、技術や事業と切り離して考えるべきではありません。知的財産戦略は、品質保証などと同レベルで検討すべき項目の一つなのです。

知的財産戦略というと、特許を取得することと考えられがちですが、特許を取得する意味のない事業分野もあります。あるいは、例えば、技術ではなくブランド戦略の一部として商標権でカバーすれば十分であったり、コカコーラのレシピのようにノウハウ秘匿したりなど、自社の事業の特徴をよく考えて検討しなければなりません。

また、よく他社と共同出願などをすることがありますが、共同出願した会社にしか販売できない状況になってしまう場合もあります。逆に、共同出願にした方が事業上メリットがある場合もありますし、共同出願契約に条件を付加して、事業上困らないようにする対策もできます。

自社の考え方も知的財産戦略に影響します。訴訟を極力避ける会社もあれば、訴訟で戦うことも厭わない会社もあります。

知的財産戦略は一人歩きするものではなく、事業の一部であるべきです。その意味では、知的財産戦略という言葉がなくなった時が、本当の知的財産戦略が実行されていることになるのではないでしょうか。

2017年10月08日